■登場人物
自分
企画の岸本氏くにおくん、ダブルドラゴンの企画者で有名)
プログラマーの吉原氏
東映動画の大久保さん
上司課長、加藤さん
部長の小松さん
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プロローグ (知人に子供の頃のことも知りたいと言われ、追記してみた、、)
時は、昭和47年頃、夏休み毎年恒例の母の実家に帰郷。セミが鳴く頃に、
小学生の自分は、山陰本線でのSLが引く客車、ディーゼルカーに乗って西舞鶴の
母の実家に帰郷する。
子供心に、SLは衝撃的だったのだ、真っ黒な黒光りしてもわーつとする熱気、
煙突からはどす黒い煙、
石炭の匂いもしてくる、、大きな車輪そして銀色の棒(コンロッド)、
こんな乗り物は他には無い、、、
自ずと、SLの運転士になりたくなった。
親から毎週日曜日には、プラモデルを買ってもらい作る楽しさ、完成する満足感を教えてもらった。
今では、何でも作ることが好きになった。
これは物作りの楽しさの原点であった様に思う。
また機械の中身を見てみたい衝動が強く、よく分解しては元に戻らないことも多かった。
でもこれが、メカについて詳しくなる大元の行為であった事は間違いない。
鉄道高校に進学したい気持ちもあったが、まだここ進路を決めてしまうのは時期尚早と思われた。
という事で、鉄道員になりたかったが免許が取れる年齢になると、興味はバイク、車へと移っていった、
まあ子供心なのでどんどん移るのだ、、、
そういう訳で、バイクに夢中になって、18歳前にはもちろん頭の中は車だらけ、、
なので、車関係の学校に行きたくなるのは必然である。
車関係等にいきたかったが、同じ年代の男子はみんな車関係の仕事につきたがっていた。
技術・家庭と美術、生物ぐらいしか、真面目に勉強していなかった自分は、その道の単位は
不足していた。 好きにならないと何もやらない性格が仇となったのだ!
ただ、大人になったらそれは自然と克服する様になっていったが、、、
その頃、コンピュータやインベーダーが流行り始めていた。
あらゆるところにコンピューターが入り始めたころだった。
あとで、自分は乗り物なんでも好きなことに気がついた、、(気がつくのが、遅いよなー)
なんだかんだで、情報処理の専門学校にいった、、、
結果的に大正解であった、、、ゲーム業界で花開くのであった、、が、、、
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データーイースト(DECO)に無試験でハードウェアエンジニアとして入社した。
当時は、コンピューターゲーム業界はベンチャーで、海のものとも山のものとも分かっていなかった。
ただ、なんとなく「面白そうな雰囲気」はあった。
コンピューター業界の人材募集で、一番面白そうだったゲーム業界である、データーイーストを選んだのである。
データーイースト(DECO)に入社してから、ハードウェアエンジニアとして入社したのだが、
ハードの理解を深めるという事で、
業務用基盤の量産用ダイアグノステックプログラムをプログラムしてほしいとのこと。
まあ、
S-RAMとD-RAMの違いもわかる様にはなったが、、、
今までのTESTプログラムだと、1ポート(8bit)の表示は、
0000 0000だった、、、
詳細は忘れたけれど、UDRL S1、S2
UP、DOWN、RIGHT、LEFT、SHOOT1、SHOOT2
U
L R S1 S2
D
の画面配置にして、0と1を切り替えて表示してみた。
DIP-SWは、8BITだからそのまま、「0000 0000」
もちろん、実際のDIP-SWの並びにする。
これらは、現場の工場員達にも受けた、、
とにかく直感的にわかりやすく作っただけなんだけど、大受け!
デコ(データーイースト)
当時売れていたゲームで有名だったのは、「バーガーバーガ‐」
小さなコックさんが、大きなハンバーガーの具を歩いて踏んで、下に落とし
ハンバーガーを作るTVゲームである。
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ここから、おまえプログラムできるじゃん!と思われ、、
ここからプログラマーの道へ入るのである、、、
※開発ツール、クロメンコ製の8インチFDマシン。CP/M, Cromemco DOS, Cromix
本人的にも、テストプログラムの評判がいいことに機を良くしていたのも事実。
で、いきなりサンダーストームにつながった訳ではない、、、。
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その前に、2タイトルのレーザーディスクゲームのトラブル対応作業が待っていたのである。
その名は、レーザーディスクゲーム「幻魔大戦」、レーザーディスクゲーム「幻魔タロット」
レーザーディスクゲーム「幻魔大戦」は、背景にレーザーディスクの映像を垂れ流すだけの演出するゲーム。
特に、背景が綺麗だけのゲームである。
出始めのレーザーディスクプレイヤーのコンピューターコントロールプログラムを修正するのだ。
ゲーム中にレーザーディスクプレイヤーがフリーズしたり完全に止まってしまう問題が発生していたのだ
PIONEER製のレーザーディスクプレイヤーと、SONY製レーザーディスクプレイヤーがあった、
コントロールで、画像のフレームNoをリクエストして、それと同じフレームNoが返ってきたら、
正常。 何も返ってこなければRESETする。みたいなことをやっていた、、。
アルゴリズムは忘れたが、各種コントロールコマンドで可能なリトライアルゴリズムを組み込んだ。
これにより、ほぼ正常に動作するようになった。
正常に動作しない場合は、レーザーディスクプレイヤー本体の故障か、レーザーディスク板の不具合である。
当時のレーザーディスクプレイヤーは、熱の発生がすごく、レーザーディスク板が熱で反り返ってしまうことがあった。
なので、量産品ではレーザーディスク板にアルミ板を貼り付けて防ぐ仕様になったはず。
レーザーディスクゲーム「幻魔タロット」は、確か生年月日を入力して結果をプリントアウトできるものだった。
先程の「幻魔大戦」と同じ対処をし、なおかつ無いフレームNoの場合の対処をした。
近くのフレームNo画像に飛ばすのだ、、、、
で、プリントアウトの部分もプログラムを改良し精度を上げた。
この2タイトルの改良により、自分でもかなりスキルを上がった気がした。
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他人が組んだプログラムを解析して改良するのは骨が折れる。
思想が違うのである。
この事により、わかりやすいプログラムを組む姿勢ができた。
確かに分かりやすいメンテナンスしやすいプログラム設計を意識すると、より開発時間がかかる。
が、しかしこれをやっておくと後々メンテナンスやバグ対策がわりと簡単に行えてしまうのだ。
きちんと基本設計していないプログラムは、スパゲッテイ化して、何がどこにあるかわからなくなる。
これは最悪である。
時間が許せば、イチから作り直した方が早くなる場合がある。
今回は、このあたりのノウハウの蓄積が大きかった。
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で、次のタイトル「サンダーストーム」へ続くのだ、、、
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原案は、岸本氏、
「ブルーサンダー」という映画をかなり意識した企画内容である。
当時は、セガのレーザーディスクゲーム「アストロンベルト」が流行っていた様に思う。
よくできていたと関心はしていたが、映像にいまひとつ魅了句がない。
特撮だったのかな?
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すべてのプログラム仕様は、はじめから決まっていた訳ではなく、開発しながら
アイデアを出していき、こうしたら面白いよな?
と言いながら、プログラムして確認して仕様を決めていった。
特に、「ロックマーク」と言われる黄色い自動 追順、
最初は、画面上の敵キャラ(ヘリ他)の位置と大きさのデータ‐を取るためのものであった。
データ取りをしているうちに、このマークゲーム中も残した方が、良くない?
って岸本氏に話しした、、、そうだよね?
とすぐ決定!
色々な敵キャラが画面から出現するのだから、どの敵からやっつけたらいいのか? わかりにくいのだ!
ならば、レーダーロックマークとして案内してあげると親切ではないか?
ということだ!
これは、かなり効果があったのだ!
ゲーム開発は、開発途中にこういうやり取りがあって、面白い場合はためらわない仕様変更が
あるとより良くなる。
それは、今後のゲーム開発にも生きることになる、、、。
開発現場は、大久保駅から10分程度の環八道路の脇の建物の地下室であった。
開発中で、プログラムをアセンブル(ソースプログラムを実行ファイルに変換する作業)している時間が十数分かかるのだ。
その時の開発ツールは、PDS7ったかな?
その間に、サンプルで購入していたナムコのゼビウスをプレイしていた、、、。
あくまでも待ち時間潰しであるので、真剣にはプレイしていないから、そんなにうまくはならなかった。
ゼビウスのBGMも耳に焼き付いた、、、(笑)
レーザーディスクの編集も、
全ての敵を撃破したら、レーザー |
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